管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第7回は「ドレミの音名と音部記号」。「合奏するためのスコアの読み方(その2)」です。今回は音名や音部記号の「へえ~」が連発!ここまで知っている学生指揮者っているのか!?つまり・・・チャンスです!
さっそく読んでみましょう!
第7回・合奏するためのスコアの読み方(その2)
日に日に秋めいてきましたね。最近各地から演奏会の開催や夏のコンクールの代替イベントの開催の便りも聞こえてきました。まだまだ通常に戻るには時間がかかるとは思いますが、徐々に再開の兆しも見えてきました。部活動では最上級生が引退して次の代への引き継ぎなどもされている時期かもしれません。これからも仲間たちとの音楽の時間が楽しく、充実したものになるように、僕たちも応援していきたいと思っています!
今回も前回に引き続き「合奏するためのスコアの読み方」の基本となることを少しずつですがお話していきます。普段目にしている楽譜のことを、この機会にもう一度じっくりと考えてみましょう。
§1.音名について
みなさんが「音の名前」と言われて真っ先に思い浮かぶのは何でしょうか?
多分「ドレミ」音名だと思います。
Do-Re-Mi-Fa-Sol-La-Si
これは主にイタリアやフランスなどで使われるものです。
このドレミ音名が登場する前には、第5回のコラムでも触れたように音名にはラテン語のアルファベットが用いられ、のちにドイツ語圏ではBがHに置き換わったことについて、みなさんは覚えていますか?
C-D-E-F-G-A-B(イギリス、アメリカなど英語圏)
C-D-E-F-G-A-H(ドイツなどドイツ語圏)
みなさん、ドイツ語アルファベットの発音の仕方も調べましたか?ぜひ今のうちにマスターしておきましょう。そしてもう一点気づいたことがありませんか?音名がAからではなく、「C」から始まっていますね。これはドレミ音名に対応させるために順番を「C」から開始させています。「ドをCにする」ことは、これから先に登場する「音階には長調と短調がある」ことに関係してきます。
みなさんにもお馴染みの「ドレミの歌」はミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の中で歌われる曲です。アメリカのミュージカル映画で舞台はオーストリアですが、主人公のマリア(ジュリー・アンドリュース)は「ドレミ」で歌っています。もし映画を見る機会があったら注意して聴いてみて下さい。「サウンド・オブ・ミュージック」の中には「ドレミの歌」以外にも有名で素晴らしい曲がたくさんあります。その他ミュージカルの音楽には素晴らしい旋律、心動かされる旋律がたくさんありますね。皆さんも演奏会やコンクールで演奏したことがあるかもしれません。僕もそのような曲をたくさん演奏したり指揮をしてきましたが、いつも楽しく幸せな気持ちになります。中でも僕が個人的に大好きなミュージカル映画は、マリア役のジュリー・アンドリュースが演じた「メリー・ポピンズ」です。「チム・チム・チェリー」や「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」などがよく知られていますね!
皆さんは大好きな映画、影響を受けた映画がありますか?音楽を表現するのに音楽だけを知るだけでなく、映画やドラマ、演劇や美術、演芸など様々なものをたくさん体験することが、より深く魅力的な音楽を表現するための栄養になります。ぜひそういう時間も大切にしてください。僕も空いた時間があれば映画館や美術館、博物館、寄席や歌舞伎などにも足を運んでいます。学生は大人よりも安く鑑賞することができますので、その特権を活かしてたくさん体験して欲しいと思います。もちろん演奏会にも来て欲しいです!生演奏でしか体感できない「空気の震え」や「会場の熱気や雰囲気」を実体験して欲しいと思います。
話をドレミに戻しましょう。ドレミの歌の原曲では、このような歌詞になっています。
「ドは鹿(deer)、メスの鹿、レは黄金の太陽の光(Ray)~」と歌われています。
日本では日本語訳詞をした歌手のペギー葉山さんが「ドはドーナツのド~」と訳したものが広く歌われ、今に至っています。
そして日本では明治時代に西洋音楽が導入された際に音名を日本語に置き換えました。
ハ-ニ-ホ-ヘ-ト-イ-ロ
「いろはにほへと(色は匂えど) ちりぬるを(散りぬるを)~」で始まる古くから日本に伝わる「かな」の順番の並べ方である「イロハ順」の最初の7語を使用して音名としました。急速に近代化する中で西洋音楽を輸入し日本に普及させ浸透させようとした人たちの努力の結晶の一つですね。当時日本語にされた西洋の音楽用語の中で、今でも多く使われているものの一つがこの「はにほへと」音名です。みなさんも「ハ長調」や「イ短調」という言葉を聞いたことがあると思いますが、現在では曲の「調」を表す際に使われます。音を読む時にはあまり実用的ではありませんが、頭の片隅に置いておいてください。この日本語音名についてもイロハの「イ」ではなく「ハ」が「ド(C)」に対応します。
§2.ドレミの始まり~ダレッツォ、再び
みなさんに一番馴染み深いドレミ音名はどのようにして誕生したのでしょうか?実はドレミ誕生の大功労者は、あの「五線譜」の大功労者である「グイード・ダレッツォ」なのです。前回、五線譜の話やダレッツォの話をした理由は今回の話につながっていたのです。
中世のキリスト教の聖歌のひとつに「聖ヨハネ賛歌」というものがあり、教会で歌われていました。それをキリスト教の修道士であり音楽教師であったダレッツォが合唱隊にこの聖ヨハネ賛歌を指導している時、歌詞の第1節から第6節までの最初の音がそれぞれ「C-D-E-F-G-A」になっていることに気づき、この聖歌を歌いやすくするための歌のテキストとして使おうと考えたというのがドレミ誕生の由来とされています。
これが「聖ヨハネ賛歌」です。これがまさに「元祖!ドレミの歌」と言えるでしょう。
「聖ヨハネ賛歌」はこのような歌詞です。
Ut
queant laxis
Re
sonare fibris
Mi
ra gestorum
Fa
muli tuorum
Sol
ve polluti
La
bii reatum
S
ancte I
ohannes
(大体の意味)
あなたの僕(しもべ)が
声をあげて
あなたの行いの奇跡を
響かせることができるように
私たちのけがれた唇から
罪を拭い去ってください
聖ヨハネ様
この原文の赤色になっている部分を上から読むと・・・Utは発音しにくいので「Do」と読むことにして「ドレミファソラシ」になります。当初はラまでだったのですが、音階がシまであるので後に賛歌の最後の文「聖ヨハネ様」という単語、2語の頭文字を合わせて「Si」となりました。
五線譜とドレミ・・・今でも私たちの音楽にとって大切な要素がダレッツォの功績によって今に残っていることに、ダレッツォの偉大さを感じずにはいられません。クラシック音楽の世界では「音楽の父」をJ.S.バッハ、「音楽の母」をヘンデルという風に教えられますが、ダレッツォこそ「西洋音楽記譜法の父祖」と呼ぶにふさわしいと個人的には思います。
§3.スコアに登場する3つの「音部記号」
楽譜やスコアにはその楽器の音域や演奏に都合のいい「音部記号」というものが五線譜の1番左側にそれぞれつけられています。それらはこのような形をしています。
みなさんもよく目にするものが二つ、そしてあまり馴染みのないものが一つあります。それぞれの種類や名前をここで確認してみましょう。
画像左=ト音記号(高音部記号)
画像中=ヘ音記号(低音部記号)
画像右=ハ音記号(中音部記号)
吹奏楽のスコアに登場するのはト音記号とヘ音記号です。実際の曲にはこのように表示されています。前回のコラムでも登場した《アメリカン・サリュート》のスコアです。青くなっている部分と赤くなっている部分に音部記号があります。
青い部分にはト音記号が、赤い部分にはヘ音記号が楽器によってそれぞれ書かれていますね。
(《アメリカン・サリュート》モートン・グールド(P J.ラング編) アルフレッド社スコアより引用)
まれにハ音記号(テノール記号)が登場することもあります。ハ音記号が登場する可能性のある楽器は中低音を担当している楽器、ファゴットやトロンボーン、ユーフォニアムなどです。頻繁には登場しませんがハ音記号の読み方についても、学生指揮をするのであれば覚えておくのが良いでしょう。
§4.音部記号の示すもの
音部記号の示しているものとは一体何なんでしょうか?
その答えは「この五線譜の中で、その音の高さが何なのか?」ということを示しています。
現代のような五線譜になる以前の四線の楽譜の時からすでに音部記号の前身の記号が存在しました。ここでまた前回も紹介した装飾写本の写真を見て下さい。
楽譜の左側に何か記号のようなものが描かれていると思います。この記号のようなものが現在の音部記号の前身の記号です。この場合は上の記号がCの位置を、下の記号がFの位置を表しています。つまり、これらはそれぞれ「ハ音記号」と「ヘ音記号」になっていく記号ということになります。
このような音部記号の記譜法よりも前には、このような記号が「C」と「F」の位置を同時に示す記号がありました。
「全てがわかる音楽理論」ヘルマン・グラーブナー/井本 ?二、竹内ふみ子(シンフォニア刊)より引用
現在では「ト音記号」「ヘ音記号」で定着している名前ですが、本来は「ト音記号=ヴァイオリン記号」、「ヘ音記号=バス記号」という呼び名でした。ハ音記号はその指し示すCの場所の違いで名称が変わりますが、現在でも比較的多く使われているのは「アルト記号」と「テノール記号」です。ハ音記号は古典派以前の音楽で多く用いられ「ソプラノ」「メゾソプラノ」「アルト」「テノール」「バリトン」の各記号がありましたが、古典派の音楽以降は廃れて「アルト」と「テノール」記号が辛うじて残っています。アルト記号は現在ではヴィオラの楽譜がアルト記号で記譜されます。ファゴットやトロンボーンなどで記譜されるのはテノール記号になります。
前項で日本語音名について学びましたが、音部記号を知る時にこの日本語音名を知っていることが役に立つのです。つまり音部記号はそれぞれ
ト音記号は「ソ(G)」音の位置を渦巻の中心に規定している
ヘ音記号は「ファ(F)」音の位置を二つの点の間に規定している
ハ音記号は「ド(C)」音の位置を二つの鍵の先端部に規定している
ことをそれぞれ示すことをここで確認しておきましょう。
このことを踏まえて、それぞれの音部記号の成立の成り立ちを見ていきます。
「ト音記号」
「ヘ音記号」
「ハ音記号」
「全てがわかる音楽理論」ヘルマン・グラーブナー/井本 ?二、竹内ふみ子(シンフォニア刊)より引用
図を見てもらうとわかるように、全ての音部記号はアルファベットのそれぞれの文字がだんだんと変形して成立したことがわかります。普段何気なく目にしている音楽記号ですが、それらにも全て成り立ちや意味が隠されているのです。それを知らなくても音楽はできるのですが、それを知ってから音楽に向き合うと、今までとは違う新しい世界が広がると僕は信じています。
現在の吹奏楽のスコアにト音記号とヘ音記号が使用されているのは、吹奏楽で使用される楽器の音域に都合が良いということだけではないのです。それは次回以降の重要なテーマとなる「調性と移調楽器」のことを知るとその意味や重要性がわかってくると思います。今まで何気なく見て使っていたものが、それぞれ関係を持って意味があったことを知ると音楽がもっと楽しく身近になると思います。
次回以降も、みなさんが将来スコアを読んで合奏に臨むときに役にたつ、音楽に興味をもっと持ってもらうためのお話をしていきたいと思います。次回からは移調楽器について知る前に知っておきたい「音程」や「音階」と「調号や調性」について、できるだけわかりやすく、しかし丁寧に話を進めていきたいと思います。
今回もまた、グィード・ダレッツォの功績に想いを馳せ、「サウンド・オブ・ミュージック」の音楽を作ったオスカー・ハマースタインII世&リチャード・ロジャースと日本語歌詞を作詞したペギー葉山さんに感謝しつつ・・・また来週お会いしましょう!
それではかつて活躍した昭和期を代表する映画評論家の淀川長治(よどがわ・ながはる)さんの有名な名調子で締めくくりたいと思います。
それでは次週をお楽しみに。サヨナラ・・・サヨナラ・・・サヨナラ!
参考文献
・「ソルフェージュ」ジャン=ポール・オルスタイン/八村美世子(白水社)
・「全てがわかる音楽理論」ヘルマン・グラーブナー/井本?二、竹内ふみ子(シンフォニア)
・「楽譜の構造と読み方」ハインツ=クリスティアン・シャーパー/越部倫子(シンフォニア)
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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(Wind Band Press / ONSA 梅本周平)
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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